《 フィルム時代〜(1961-1970) 》
・1960年にPENTAX SP 世界初のTTL露出計内蔵のペンタックスSPをフォトキナで発表。発売は1964年とトプコンに遅れる。
・1961年にフラッシュガンを内蔵した35ミリカメラとしては日本初の製品で、セレン露出計が組み込まれ、光量に応じて自動的に絞られるEEカメラである。
・1961年にCanonet前年のオリンパスオートアイと共にシャッター速度優先の自動露出(AE)を実現、カメラのAE化が急進展する1963年にTOPCON RE、東京光学 世界初のTTL露出計内蔵トプコンREを発売。日本光学、日本初のズームレンズを搭載したレンズシャッター式一眼レフを発売。ズームニッコール43−86 F3.51967年に、Rollei 35 フランケ&ハイデッケ社 ローライ35を発売
・1963年にコダックにより発売された「インスタマチック」フィルムフレームサイズは26×26mm。つまりフィルムの幅は35mmフィルムと大差ないサイズだが、フレームは正方形である。フィルムをカートリッジ化する事によって「フィルム装填・巻き戻し」の煩わしさを解決した画期的システムとしてカメラ・フィルム業界はもとより需要家層からも大いに注目を集めた。
・1964年にアグファにより発売された「ラピッド」フィルム自体は通常の35mmフィルムと同じものを使い、2の同じロールマガジンを撮影ショットの前後に配し、一方から他方へ、スプロケットにより押されてフィルムを繰り出す。
・1966年(発売1967年)ボディ前面にダイヤルを配したデザイン等を特徴とする。連動露出計はCdS式。初期型はドイツ製、3群4枚テッサー40mm3.5が装着されたが一部に3群4枚クセナー40mmF3.5付きが存在する。
カメラ名 オリンパスペンT&EE 製造国名 日本・オリンパス光学
製造年月 1960年&1961年 フィルムサイズ 1.8×2.4p 135判
シャッター コパル#0001 1/25-1/200 レンズ Dズイコー2.8cmF3.5


1959年にハーフサイズカメラとして発売され、その後に派生機種・後継機種が発売されてシリーズ化された。初代ペンに始まる一連のシリーズはすべて米谷美久が主導する形で開発されたが、廉価かつコンパクトでありながら性能の良いズイコーレンズを装備して優れた撮影性能を発揮、しかもハーフサイズであるため通常の35mm判カメラの2倍の枚数が撮影できる経済性も相まって当時の大衆と専門家の双方から大歓迎され、1960年代を通じたベストセラーとなった。 ペンシリーズはカメラ技術者としての米谷の出世作となるとともに市場にオリンパスの名を広め、「ペン」はハーフサイズカメラの代名詞になった。その後、1980年代後半まで生産が続けられた。後年には派生シリーズとして一眼レフカメラの「オリンパス・ペンF」シリーズが世に出ている。ペン・シリーズは普及型の「ペンEE3」が1986年まで生産され、長くオリンパスの大衆カメラ需要を担った。
カメラ名 キャノン7 製造国名 日本・キャノン
製造年月 1960年 フィルムサイズ 2.4×3.6p 135判
シャッター フォーカルプレーン1-1/1000 レンズ キャノン.5.0cm F0.95


型番がローマ数字でなくアラビア数字になった。距離計連動式24×36mm(ライカ)判カメラで初めてシャッター速度と連動させたセレン光電池式の露出計が組み込まれた。ライカM型と同様の採光式ブライトフレームファインダーを搭載、 ねじマウント外周への外爪バヨネットマウント追加により史上最高の明るさを持つ「キヤノンレンズ50mmF0.95」や望遠レンズ用ミラーボックス2型を装着可能にした。 キヤノン50mmF0.95 - 1960年フォトキナで発表された。今日まで一般撮影用ライカ判50mmレンズで史上最大口径を維持し続けている超大口径レンズ。
カメラ名 キャノネット 製造国名 日本・キャノン
製造年月 1961年 フィルムサイズ 2.4×3.6p 135判
シャッター コパルSV 1〜1/500 レンズ キャノン SE45mmF1.9


「キヤノネット」は、当初1960年(昭和35年)8月に発売が予定されていたが、2万円を割るその低価格に対する業界の反発がすさまじく、1961年(昭和36年)1月にようやく姿を現わす。お披露目の場となった日本橋三越7階展示即売場は、階段まで人の波で埋め尽くされ、1週間分の在庫が、開場から2時間で完売してしまったという。『週間文春』1961年2月6日号に掲載された記事タイトル『くたばれ! キヤノネット』は、その反響のすごさを物語っている。 キヤノンの最初のコンパクトカメラ。大口径レンズにセレン光電池によるシャッター速度優先AEの距離計連動式、底部トリガー巻上げ方式。マニュアル露出も可能だが、露出計は停止する。 キヤノネットの登場はカメラの低額化・高機能化に付いていけなくなった多くのカメラメーカーが倒産・撤退するきっかけとなった。
カメラ名 マミヤオートマチック35EF 製造国名 日本・マミヤ
製造年月 1961年 フィルムサイズ 2.4×3.6p 135判
シャッター コパルSV 1〜1/500 レンズ コミナー45mmF3.8


フラッシュガンを内蔵した35ミリカメラとしては日本初の製品で、セレン露出計が組み込まれ、光量に応じて自動的に絞られるEEカメラである。
カメラ名 オリンパスペンF 製造国名 日本・オリンパス
製造年月 1963年 フィルムサイズ 1.8×2.4p 135判
シャッター ロータリー式のフォーカルプレーンシャッターSV 1〜1/500 レンズ FズイコーAUTO S 38mm F1.8


ペンFは、オリンパスが1963年に発売した世界初のハーフ判レンズ交換式一眼レフカメラである。 世界初のハーフ判一眼レフカメラ。後のFTではセルフタイマーレバーがつけられる場所に花文字のFが刻まれている。二回巻き上げ。フォーカシングスクリーンは全面マット。アクセサリーシューは標準では取り付けられておらず、ファインダーアイピース基部に上から差込むアクセサリーとして別売された。このアクセサリーシューはいわゆるホットシューと異なり接点を有しておらず、そのため別途ボディ側面上部にシンクロコードを接続するためのコネクタが設けられている。内蔵露出計を有しないペンF及びペンFVでは、シャッター速度ダイヤルの基部に、オプションのCdS式露出計を取付けるためのバヨネットが設けられている。
カメラ名 アサヒペンタックスAP・SP 製造国名 日本・旭光学
製造年月 1957-64年 フィルムサイズ 1.8×2.4p 135判
シャッター フォーカルプレーンシャッター 1〜1/500 レンズ タクマー 58mm F2.8


ペンタプリズムを搭載したことによりアイレベルでの撮影が可能になった。このことで世界的な大ヒット商品となり、多くのカメラメーカーが一眼レフカメラの開発に転換し、このことから市場で日本製ペンタプリズム搭載型一眼レフカメラが欧米製レンジファインダーカメラに替わる標準機となっていった。まさに現在のレンズ交換式一眼レフカメラの雛型と言えるカメラとなり、デジタル化した現在においてもその構図は変わっていない。 またマウント口径が37mmから42mmに拡大されたことでレンズの光学設計の自由度が大幅に向上し、超広角から超望遠、その他の特殊撮影用までの充実したレンズ製品を揃えることができシステムカメラと呼ばれるまでになった。レンズのブランド名は引き続きタクマー銘を採用したものの、このアサヒペンタックスシリーズのヒットとともに世界のタクマーレンズとまでなったのである。 アサヒペンタックス(Asahi Pentax、AP、1957年5月発売) - 現在まで続く記念すべきペンタックスカメラ第1号機である。アサヒフレックスIIAの機構をベースにPSマウント化した。旭光学工業初であり、国産カメラとしては2番目にペンタプリズムを搭載した一眼レフカメラである。アサヒペンタックスという名称がそのまま「シリーズ名」となってしまったため、後の機種と区別するためにAPと通称されるようになった。
アサヒペンタックスSPは世界で2番目に発売されたTTL露出計内蔵型機種である。"フォトキナ60"における衝撃的な発表から更に4年の研究開発を経てようやく発売され、当時の一眼レフカメラにおける世界的ベストセラー機となった。
カメラ名 コーワSW 製造国名 日本・興和光機
製造年月 1964年 フィルムサイズ 2.4×3.6p 135判
シャッター セイコーシャSLV、B・1〜1/500 レンズ コーワ28mm/f3.2


コーワは高機能・低価格をめざしたカメラづくりが特徴でしたが、 その中でもこのKowaSWは28ミリの交換レンズ1本分の値段で買えるという優れたカメラでした。 1964年発売ですが、当時としては薄型でコンパクトな作りで、 シンプルな外観と丸みのあるボディがとても魅力的なカメラです。 ユニークな形のケプラー式ファインダーを持ち、とても見えがよいので評判になりました。ピントは目測式ですが、フォーカスリングには1メートルと3メートルにきちっとしたクリックがあり、 ファインダーを覗いたままでもシャッターを切ることができる実用的な作りで、 プロのカメラマンにも愛用者が多かったようです。
カメラ名 ニコレックス・ズーム35・オート35 製造国名 日本・日本光学
製造年月 1963-64年 フィルムサイズ 1.8×2.4p 135判
シャッター セイコーSLV 1〜1/500 レンズ ニッコールオート43-86mm F3.5
ニッコール 48mm f2.0


・ニコレックスズーム35(NIKKOREX Zoom35 、1963年(昭和38年)2月発売) - ニコレックス35IIのボディーに43-86mmF3.5のズームレンズを装備したカメラ。カメラとしては成功しなかったが、ズームレンズはFマウント用に改装されて初期ズームレンズの中でベストセラーとなり、改良を受けながら1980年代まで生産された。
・ニコンオート35(Nikon AUTO 35 、1964年(昭和39年)9月発売) - ニコンの一眼レフカメラで最初にシャッター速度優先AEを実現したカメラ。装着されたレンズは48mmF2で、35mmF4と85mmF4に変換するフロントコンバージョンレンズが用意されていた。レンズシャッターの一眼レフカメラでは技術的に難しいクイックリターンミラーを実現した。 このカメラのファインダーは通常と同じペンタプリズムによるものだが、ペンタプリズムの屋根を突出させないフラットなデザインになっている。
カメラ名 コダックインスタマチック 製造国名 アメリカ・コダック
製造年月 1963 フィルムサイズ 2.6×2.6p インスタ判
シャッター セイコーSLV 1〜1/500 レンズ ニッコールオート43-86mm F3.5
ニッコール 48mm f2.0






インスタマチック:フレームサイズは26×26mm。つまりフィルムの幅は35mmフィルムと大差ないサイズだが、フレームは正方形である。フィルムの装填が可能となるようにロールフィルムを専用のカートリッジに装填して販売し、それをそのままカメラに収めて使うシステムを考案した。 フィルムに裏紙を巻いた状態でカートリッジに収めてあり、裏紙に書かれたコマ数をカートリッジ後部の小穴から読み取る。また送り側も含んだカートリッジとなっているため巻き戻しも不要である。 多少フィルムが高価となるが、カメラから巻上げ機構の一部や、さらにフィルムカウンターを省略することも可能で簡単な構造となって安価に製造できるため、トータルでのコスト差を小さくすることが見込める。 126フィルムで、コダックが1999年に製造を中止後、イタリアのフェッラーニアが最近まで製造していたが、現在は生産を終了している。
カメラ名 ヤシカエェクトロ35 製造国名 日本・ヤシカ
製造年月 1966年 フィルムサイズ 2.4×3.6p 135判
シャッター コパルエレク 2mini〜1/500sec レンズ ヤシノンDX 45mm f1.7


「ろうそく1本の光でも写る」カメラを目指し、長時間露出性能の高い電子シャッター使用の絞り優先EEを採用したライカ判EEカメラで、初期はキヤノンの「キヤノネット」などシャッター速度優先EEカメラ、中期以降は小西六写真工業の「コニカC35」シリーズなどコンパクトなEEカメラが事実上のライバル機となった。 自動露出機能を持ったEEカメラブームの中で初めて積極的に電池電源を活用した設計を採用。機構の簡略化と信頼性の向上を実現し、世界で約500万台を販売した。 F1.7の大口径レンズ「ヤシノンDX/カラーヤシノンDX」と、2分という長時間露光から1/500秒の高速シャッター秒時まで備えるコパル製「コパルエレク」電子シャッターを搭載、暗い場所での撮影を得意とした。
カメラ名 アグファ・ラピッド 製造国名 ドイツ・アグファ
製造年月 1964年 フィルムサイズ 1.8×2.4p 135判
シャッター セイコーSLV 1〜1/500 レンズ ニッコールオート43-86mm F3.5
ニッコール 48mm f2.0


 ・ラピッドフィルム:フィルム巻取り軸の無い「ラピッドシステム」のマガジンには長さ24インチ(約62cm)の35mm(J135)フィルムが収納され、撮影済みフィルムは巻取り側にセットされた同型のマガジンに収納される方式で空になったラピッドマガジンはフィルム収納用として再利用する簡易装填方式である。 撮影枚数は、画面サイズ24×24mmで16枚撮り、24×36mmで12枚撮り、24×18mmのハーフサイズで24枚撮りが可能であった。 国内のフィルム及びカメラ各社はコダック「インスタマチック」に加えて写真需要拡大にアグファ「ラピッドシステム」が寄与すると判断、日本ラピッド会が結成され14社がこれに参加している。 国内では発売初年及び次年度である1964〜1965年にかけてカメラ各社が「ラピッドシステム」対応製品展開を実施したものの国内市場は約2年間で終息を迎える事になった。 コダックに敗退したアグファは、1972年に126フィルムカメラ「アグファマチツク50」と4種類の126フィルムを発売して「インスタマチック」陣営への参加を行い、1978年までに11機種の126フィルムカメラを発売している。
カメラ名 ローライ 35 製造国名 ドイツ・ローライ
製造年月 1964年 フィルムサイズ 2.4×3.6p 135判
シャッター B・1/2〜1/500 レンズ テッサー45mm/f3.5






ローライ35は24×36mm(ライカ)判でありながらホットシューをカメラ底側に付け、レンズを沈胴式にする等ぎりぎりの小型化により当時流行していた24×18mm(ハーフ)判カメラよりも小さなボディサイズを実現した。 カール・ツァイスのレンズ、デッケルのコンパーシャッター、ゴッセンの露出計と当時の超一流品をその小さなボディーに詰め込み、写りは非常に良い。アタッチメントはテッサー/クセナー/トリオターモデルがφ24mmねじ込み、ゾナーモデルがφ30.5mmねじ込み。
小型のカメラでは画質よりも経済性が優先されつつあった.そのような中で1967年に登場したローライ35は小さいながらも高画質で,かつ所有する喜びを満たす高級感を兼ね備える,いわば「35mmカメラの精神」を取り戻すカメラであったことが世界的な話題を呼び人気カメラとなった理由であろう. ローライ35を「元祖・高級コンパクトカメラ」と呼ぶことは,35mmカメラがそもそも高級で小型であったことと矛盾するようであるが,より一層の小型化を推し進め,そのような精神を一般に蘇らせた功績は大きい.セレン光電池式のB35、露出計を装備しないC35を除き露出計用の電池を必要とする。
カメラ名 アサヒペンタ67・マミヤRB67 製造国名 旭光学・マミヤ
製造年月 1969-70年 フィルムサイズ 6×7cm判
シャッター フォーカルプレン 1 - 1/100・セイコー1番T、1-1/400
レンズ タクマー105mm F2.4・セコール127mmF3.8


1948年10月6日ニューヨークで発表され、1949年5月から工場出荷された。シャッターは14/1000mm厚のスウェーデン製ステンレススチールを幕に使用し、最高速1/1600秒を実現した高速フォーカルプレーンシャッターを装備しており、機種名称もこのことに由来する。 1000F(1952年発表、製造開始、1953年発売) - 1600Fで1/1600秒の最高速を正確に維持するのに苦労したため最高速を1/1000秒にスペックダウンした。初期の1500台は標準レンズとしてエクターを装備した。フラッシュシンクロ速度は1/25秒。製造番号13,821から24,216の10,395台が生産された